あなたは、街に対する住民の誇りという意味の「シビックプライド」という言葉を知っていますか。
「住んでいる街に誇りというイメージがない」
「そもそも聞いたことがない」

このように聞き慣れないという方もいるでしょう。実は、富山県はシビックプライドを重要視しており、定住人口の維持・増加といった富山を醸成させるための様々な施策を行っています。そこで今回はシビックプライドの醸成に取り組む、富山市役所広報課の佐伯 哲弥さんにお話を伺いました。

どうしてシビックプライドが重要なのか、具体的な取り組み、佐伯さんの考える富山の問題点についてまとめています。シビックプライドに興味のある方はぜひご一読ください。

 

シビックプライドとは

シビックプライドは「Civic(住民)Pride(誇り)」からなる言葉で、「自分たちが住んでいる”まち”に対して抱く住民たちの誇り」という意味があります。誇りというとやや堅苦しく聞こえるかもしれませんが、郷土愛やまちの自慢とも言えますね。

シビックプライドがなぜ富山で重要か

ではどうして富山でシビックプライドが重要なのでしょうか。結論から言うと、定住人口の維持・増加が理由です。

富山に住む一人ひとりが地域への誇りや愛着を持つことで「もっと富山を良くしよう」「住みやすい街にしよう」という意識が芽生えます。それにより、例えば清掃活動を行うといった地域への関わりが増えれば県外への転出者が減り、定住人口の維持・増加に繋がるというのがシビックプライドを重要視する理由です。

富山のシビックプライド具体例

それでは実際に富山で行われているシビックプライドの具体例を見ていきましょう。あなたの知っているものもあるかもしれません。

シビックプライドの例①:AMAZING TOYAMA

最初に紹介する富山のシビックプライドは「AMAZING TOYAMA(アメイジング富山)」キャンペーンです。富山で当たり前に享受していたものをあらためて驚きのある新鮮なものとして感じようというコンセプトがあります。

その象徴として下記のモニュメントが富山市内の2箇所(富山駅ロータリーと富山城)に設置されました。目立つ形なので見たことのある方もいるのではないでしょうか。

シビックプライドの例②:「富山市 by AERA」の発刊

朝日新聞の出版する「AERA(アエラ)」という雑誌で「市民の暮らし」をテーマに、富山だけに焦点を当てた「富山市 by AERA」が発刊されています。
※AERAのムック本シリーズの一環で、自治体としては全国初の制作。

内容は、富山の登山家や料理人、クリエイターなど各分野で活躍している多数の市民のほか、隈 研吾さん(建築家)、林真 理子さん(作家)、奥田 瑛二さん(映画監督・俳優)など著名人のインタビュー等から、富山市の魅力と質の高いライフスタイルについて書かれています。

シビックプライドの例③:フォトプロジェクト

これまで約6,000人以上のポートレイトを撮影するなど、世界を舞台に活躍する富山市出身の写真家テラウチマサトさん(市政策参与)をプロデューサーとした長期型の写真プロジェクト「AMAZING TOYAMA フォトプロジェクト」を実施しています。

テラウチマサトさんが講師を務める「AMAZING TOYAMA写真部」では写真を通して富山の魅力を発信しており、過去の写真展では3,451名の来場者がありました。

佐伯さんに聞く富山のシビックプライド

9/8に行われた「富山を元気にするセミナー【シビックプライドの大切さ】」に参加し、佐伯さんから直接お話を伺いました。

ーーー現在は職務としてシビックプライド醸成の活動を行っている佐伯さんですが、個人としてシビックプライドに注目したきっかけは何でしたか。

実は、現在の職場になる前の平成25年に「富山市シビックプライド研究会」を作っていたんです。というのも、当時から富山の価値を高めるために愛着や愛情っていうものを見える化する必要があると考えていました。富山愛を共通言語として語れるようなフレーズやそういう場がないと醸成されて行かないんじゃないかと思い、富山市の若手職員で作ったことが始まりですね。

写真右が佐伯さん

ーーーシビックプライドを醸成することが定住人口の維持・増加に繋がりますが、その一歩として市民一人ひとりがシビックプライドを持つために必要なことは何でしょうか。

恋愛と同じだと考えていて、恋愛なら相手を好きになるためには相手を知ることから始まりますよね。これと同じで富山を好きになるためには富山のことを知る必要があります。

例えば、富山城っていうのは戦後復興の商業万博のパビリオンとしてできたものなんです。富山の人でも富山城って昔から天守閣があったと思っている人がいますが、本当はあんな天守閣はありませんでした。あれを偽物の富山城だと言って批判する人もいますが僕は違うと思っていて、戦後復興のシンボルとしてみんなの心の支えになったということで十分愛着を持ってもいいんじゃないかと思います。

ーーーこういう歴史の背景を知ると見方が変わってきます。

だから知るっていうことは愛するということですね。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だから、愛は関心を持つということから始まります。

ーーー「富山には何もない」という使われがちなフレーズにも通ずるところがありますね。

本当に何もなかったら世界遺産になりますよ。知らないことを知るのは大事だし、知れば知るほど東京に行く必要ないって思います。でも外を知ることはすごい大事。世界を知ることで今の日本の立ち位置もわかるし、その中で「富山ってどうなんだろう?」って考えられるので個人としてはそういう戦略の立て方もある。

ーーー外を知って比較することが現在を振り返るきっかけになると。

昔は先輩が富山のことを教えてくれたんです。でも今は教えてくれる大人がいなくて知らないから「とりあえず東京行ってみよう」という状態。だからこそシビックプライドっていうのは地域のことを知るきっかけになって、自分の人生を豊かにしてくれるんですよ。

ーーーセミナーで佐伯さんの仰っていた「北陸新幹線ができて都会に行って、帰ってきて富山の良さがわかる」という話が印象的でした。一度、外に出ないと地元の良さは分からないですよね。

富山の人は田舎コンプレックスがあるんです。ちなみに Instagram 利用率No.1なのが富山なのは知ってますか?そもそも富山の人は富山に愛着があり、暮らしやすいと思っています。だけどそれを表に出す道具がありませんでした。そこで SNS が登場し溜まっていたものがここで出てきたんです。

でも、その一方で富山の良さに気づきにくくなってる部分はあります。富山は水が美味くて魚も美味くて米も美味い。すごくいいもの食べてるのにそれ当たり前になってしまってる。だから県外の人に言われて初めて気づいたという人もいますね。

それから昔と今では豊かさの基準が違うことも考えなければいけないです。昭和の時代は、いわゆる経済的な豊かさが暮らしの豊かさの象徴でした。でもそれが当たり前になった現代では裕福な人ほど物を持たず、貧しい人ほど物を持ってたりするんですよ。

そうなると次の投資の対象は時間になります。いかに生活時間の質を高めるかということですね。どんな街が選ばれるか考えた時に、生活の質をどう高めていくかが行政として考えていかなければならないです。良いものは良いと言い続けしっかり宣伝すべきだし、合わせてシビックプライドを高めていくこと。それがここに住む意味に繋がっていきます。それを今は僕たちの仕事としてやっていますね。

知ることから始まるシビックプライド

佐伯さんへのインタビューを通して筆者である私もシビックプライドへの理解が深まりました。特にシビックプライドを恋愛に例えた「富山を愛するにはまず富山を知ること」というフレーズが心に残っています。

私は富山に住んで2年が経ちますが「富山には何もない」は何度も見聞きしました。生まれも育ちも富山という人からこのセリフを聞いたときは耳を疑ったことを覚えています。

果たして富山には本当に何もないのか?確かめるためにネット検索や富山に関する書籍で確認すると、自慢できることはたくさんあることに気づきました。

簡単にまとめると、
・幸福度ランキング…3位(2015年)
・全国学力テスト…小学生5位・中学生4位(2016年)
・住みやすい街…3位(砺波市 2016年)
・離婚のしにくさ…3位
・過去30年の震災回数…全国最小
・1世帯の実収入…2位
・1世帯の貯蓄額…5位

これでもほんの一部です。加えて絶景が楽しめる観光地や美味しい食事もあり、とても豊かな土地であることが分かります。当たり前になりすぎて忘れているのかも知れませんが、そのせいで若者に富山の魅力が伝わらず県外へ出ていって帰ってこなくなるのはとても残念です。一人ひとりがシビックプライドを持つためにはまず「知る」「発信する」ことが重要ですね。